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2012年3月9日金曜日

道端ジェシカたんがネパールのブータン難民キャンプを訪問したそうです

2011年の話ですけど別に道端ジェシカたんのファンでもないんですけど・・
見付けちゃったので:


道端ジェシカブログ
ネパール・ブータン難民キャンプ1
http://blog.honeyee.com/jessica/archives/2011/09/29/post-379.html

セレブなだけでなく、というか、セレブなればこそ、こうゆう活動をして難民問題に一般女子の関心を集めてくれたらと思います。ジェシカたん頑張れ!

2011年年末年始に訪れた北シッキムでは、同じ宿に偶然ブータン難民のドキュメンタリーフィルムを作っているオランダ人が宿泊していました。彼/彼女(ジェンダーフリーな感じだった)曰く、欧州でもブータン難民は全然知られていないと。以前、ブータン難民について作られたドキュメンタリーフィルムもあるけどしょぼいと。だから自分が撮っているんだ、と。ぜひ、素晴らしいものを作って頂いて、映画祭とかに出品頂いて日本公開もしてもらいたいです。日本だったら何?山形国際ドキュメンタリー映画祭国連難民高等弁務官事務所の難民映画祭?で、シッキムにも(ブータンの隣だし)、ブータン難民いるらしいです。合法/非合法は知りませんけど(「難民」の定義って何でしたっけ。「非合法」なら密入国不法滞在扱い?シッキムはブータンの隣だしね。難民キャンプのあるネパールとの通り道だし)。

ちなみに、シッキムのTV、お隣ブータンのチャンネルも写ります。
見ました(もちろん)。AC的なものが流れてて、「不法投棄」ダメ!とか「ゴミ捨てるな」!的な、教育色の濃い内容。ゾンカ語(ブータンで話されている言葉)会話の英語字幕。もちろん出演者は「ゴ」(ブータンの民族衣装)着用。お金かかってなさそうで、製作経験もあんまないんだろうな、て感じの、ゆるさ笑。ゆる~い!

排他的なブータンより、インドに併合されちゃったくらい自由なシッキムが好き



ブータン難民に関してはこちらもご参照ください↓

GNHについて:Nの恣意性
http://lindiary-lindaoki.blogspot.com/2011/11/gnhn.html


2012年2月15日水曜日

シッキム地震から3か月

2011年9月18日18:10頃、シッキム州を震源とするM6.9の地震が発生しました。

(ご参考)
AFP: インド・シッキム州、道路寸断で地震の救助隊が立ち往生 各国の死者83人に
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2829361/7804165

同時刻、レーから戻り、デリー市内をオートリキシャで移動してた私。デリーでも若干の揺れを観測したそうですが、オートリキシャ乗ってて気づくはずない(揺れまくり)。帰国前の買い物などして慌ただしく空港へ行き、出国。地震発生を知ったのは翌朝、経由地の香港に降り立ってからでした。ラダック・レーでシッキムから出稼ぎに来ていた人たちとお話ししていたこともあって、またラダックと同じくチベット仏教圏インド、ということもあって、かなり気になりました。

地震発生直後こそ日本でも多少の報道があったシッキム地震。
それも1,2週間でぷつりと途絶え、以後、私もたまに英語ニュースをチェックするくらい。
情報量が、ないのね。シン首相がRs100億拠出を表明、とか。ちらほら。

地震直後は地滑りなどの影響で北シッキムや東シッキムの道路閉鎖。
地元住民の生活にも影響が出るくらいだから観光客にpermittion下りない(元々、国境付近なので中国に近い地域への旅行はpermittion必要)。やっと北シッキムへの試験的permittion下りた?でも冬だしオフシーズンに近づいてる、と聞いていた12月現在、いろいろネットで情報見てたけど、

結局、ツーリストはどこまで行けるの?

がわからず、でも結局わからないまま行ってしまったシッキムですが、
Nethu La及びYumthang Valleyは、ふつうにpermittion下りてました。
そして私はYumthang Valleyに行ってきました。
シッキム地震で最も被害を受けたところのひとつです。

ガントクを抜けて、北シッキムへ続く山道を通ると、本当に山(しかも谷が深くて奥武蔵とはスケールの違う山。地図とかである、高度を3倍に誇張してわかりやすく表示してる感じ)しかなくて、たまに申し訳程度に集落が出現するくらいなんですけど、山には地滑りの跡がいたるところに。地滑りした部分にまた道を通したんだろうな。て箇所も何個かあった。上から小石とかが転がって来てて、また地滑りしないやドキドキしたけど。

地滑りの跡は、周囲の緑と比して、本当に地面が抉られたように露出している。
山が自然の造形物なら、地滑りもまた自然が引き起こしたもの。
自然、自然、て胡散臭いですけど笑、そんな光景でした。
この大地が震えたんだな、と。
日本の地震でも地滑りとかあるけど、やっぱり印象的なのは建物倒壊とかだし、
これだけの地域でこれだけのスケールの山でこれだけの規模の地滑りの跡を見ると、
対人工物ではない自然が自然に及ぼす力を感じた。
こんな地滑りが至る所に。道路沿いじゃなくても、山の斜面はところどころこんな。
大きな人が引っ掻いたみたいになってる。

地滑りは必ずしも地震によるものでなく、雨季で地盤が緩んで、とかもある。
地震は雨季の終わりだったので、緩んだ地盤で地滑り誘発しやすかったらしい。

地滑りで埋まった道路を開通させた部分。右の東屋埋まっちゃったまま

Yumthan Valley手前。標高3000mくらいの地点から撮影

そして、割に人的被害が少なかったのは(正確な数字はわかりませんが、この地震でシッキム州だけで80人ほど、周辺諸国(ブータン、中国、ネパール)を合わせて100人ほど?が亡くなりました)一番被害が大きかった地域が、山しかないからだ。元々の人口が少ない。というのを実感。

Yumthang Valleyへの途中、Earthquake Relief Campのような表示もありました。
寄れなかったので実態はわかりませんが、まだCampに暮らしている人もいるんでしょうね。

途中、Chungthangという街では、倒壊しかけのビルがありました。ここで16人が亡くなったと聞きました。学校のようでした。

Chuntghang, North Sikkim

ただ、その他の地域では、あまり建物倒壊跡は見られず。やはり、元々の建物が少ないし、高い建物なんてもっと少なかったためかと。Lachungの手前で建設中のダムは、地滑りで被害が出たらしいけど。12月末現在では工事再開してるのを目視確認。

本当に、人工密集エリアとか都市部でない地震だから、あまり人的被害が出ずに済んだんだな、と思いました。

2泊したLachungの宿でも、同い年のソナム・ドルジと地震の話題に。Lachungでは地震直後1週間は電気が通らず、1ヶ月はガントクへ続く道路が閉鎖されており、必要がある住民は軍によって無料ヘリ輸送サービスが行われていた、と。そんな大変だったんだ。Lachungは北シッキムの北も北。確かに、そこまで地滑りで埋まった道路を復旧させるのは時間かかったろうな。地震発生時は、今まで経験したことないような揺れで、やはり怖かったと。

私も同じ。311は、いくら地震がいっぱいある日本に住んでても、経験したことがない揺れだった(東京でしたけど・・)。本当、死ぬかと思った。

ソナム・ドルジに限らず、同じく強い揺れを経験した首都・ガントクの人たちとも、地震体験を共有した。誰もが経験したことのないような揺れで、びっくりして、誰もが怖かったんだ。と。勝手な感想だけど、シッキムに来て、こうしてトラウマティックな経験を共有できて、よかったと思った。2011年、遠く離れた地で偶然にも私たちは同じような体験をしたんだから。私たちにはどうしようもない、大きな力によって。
ガントクでは倒壊した建物は私が歩いた限りでは見えなかったが、ガントク郊外のLumbak Gompaではなぜか建設中の黄色の建物だけ被害に遭ってた(この写真ではわかりにくいかも・・)。


311の時、世界中から支援をもらった。自分は直接の受益者ではないが、それが本当にありがたかった。ラダックへ行った時も、辺境のラマも心配してくれた。日本のために祈ってくれたとも言っていた。対して、シッキムの地震に対して私は何ができたか。シッキムに限らず、世界中の災害に関して、今後は無関心ではいられないと思った。

その1歩として、私が見てきた北シッキムの様子を長々と書きました。
内容は薄いですけど・・読んでくれた方、ありがとうございます。シッキムでもこんなことがあったと記憶頂けると幸いです。


*******************
シッキム地震の補足として、シッキムでは「2012年地球滅亡説」が流行っているそうです。地震は2012年地球滅亡の前兆だと。特にマヤ暦信仰するニューエイジな若者に人気、という訳ではなく、市井のおばちゃんとかも世間話的にこんな話をしているようです。ノストラダムス的な感じかな?

2012年1月30日月曜日

カンチェンジュンガ~世界3番目に高い山

世界で1番高い山は?
――エベレスト/チョモランマ

2番目は?
――K2

じゃあ、3番目は?
――……



カンチェンジュンガだそうです!


私もダージリン、シッキムで実物観るまで知らなかったです笑。
ネパールとシッキムの国境付近にある山なんだってー。
ひと塊りだけ突出して白い山々が遠くに観えるなーヒマラヤに違いないなー

ダージリン市内、Observatory Hillより。手前はBhutia Busty Gompa

なんて、8586mの山なんて思いもしなかったよ!
人生で観たもののうちで、1番高いものでした。でも正直、そんな高いのか否かよくわからない笑。
ダージリンからも、シッキムからもよく見えましたよー
シッキム、ガントク市内の展望台から

北シッキムへ向かう途中の展望台から。展望台にはタルチョ(orルンタチベット仏教の祈祷旗)must

日本でも、
1番高い山
――富士山
2番目
――北岳(これも、去年可愛がってもらってる子会社の監査役におそわった)
3番目
――。。。。。(奥穂高、らしいです。今調べました)

3番目て、そんなもんですよね(切ない)。
でも、私の中でもう一生忘れはしまい、世界で3番目に高い山は

カンチェンジュンガ!!

2012年1月24日火曜日

シッキム旗!のぼり型タルチョ

ダージリン市内、Observatory の近く

チベット仏教が色濃いエリアに入った、と思う瞬間。

タルチョ(or ルンタ)が掲げられてる風景!!!

タルチョは、チベット仏教の祈祷旗。青・白・赤・緑・黄の旗にWind Hourseの絵と経文が印刷されてて、高いところとか屋根とか、神聖ぽいところとか、見晴台とか、とにかく掲げとけばいい的な感じで、チベット仏教圏ではどこにでもある(んだと思う・・参考:タルチョ―Wikipedia)。5色の色はそれぞれ意味があって、高いところに掲げるのは、風に乗って仏法が遍く世界に広まりますように、との意もある。

ラダック・レーのナムギャル・ツァモより。大変な勢いで仏法が広まっているな・・
それぞれの色の意味、教わったのは、確か

青:sky
白:wind
赤:fire
緑:water
黄:earth

確か、ね。。

ラダック・レーのシャンティー・ストゥーパ(妙法寺)より市街を眺めるなど。
高いところなのでタルチョいっぱい。「視界に入ってくる」レベルじゃない。。
ラダックは空港出たらいきなりチベット文化圏なのでアレだけど、
2011年末年始ダージリン&シッキム旅は、いかにも「インド」な下界の西ベンガル州、バグドグラから登ってったから(車で)、平地から山の中へ入り少々登っていくと唐突に、ありました。

タルチョ!!

チベット世界の入り口だ!でもなぜか冒頭写真のようなのぼり型ばかり。見慣れた万国旗型のタルチョじゃないけど、青・白・赤・緑・黄な配色と印刷されたチベット文字の祈りの言葉はまさしくタルチョ。

Yumthang valleyにて。サイドの房的な飾りおしゃれだな~

その後、ダージリン、シッキムと、万国旗的なタルチョもまあ掲げてはあるんですけど、のぼり的なタルチョも至る所に林立(まさに!)。色毎に、すんごい急な山の斜面に一列に並んでたりする光景は圧巻・・執念とか熱意とか超えたものを感じました・・(しかも結構至る所で。特にガントクから北シッキムへ向かう道沿いに多かった気が・・)

Yume Sanong、Zero Pointからの帰り。4000m弱。のぼり型と万国旗型タルチョの競演。

万国旗型のタルチョ主流のラダックと、のぼり型も多く見られるシッキム。
ラダックとシッキムは地理的にもかなあり離れてて、歴史的背景も全然違うけど、
タルチョを掲げたがるのは同じ。
多分に、2つの地域のタルチョの違いは、のぼりを立てる木の入手しやすさも関係してそう。
ラダックはCold Desertですから、木は貴重。
対してシッキムは木で溢れてる、緑豊かな地なのでのぼり型も発展したんじゃないかと。

タルチョのある光景、なんか落ち着きますよ・・



て、買っちゃいましたけど。
ミニ・タルチョ(万国旗型、長さ短め)、レーでRs25でした。

マンションのベランダなどでもこのようにお手軽に設置できます

2012年1月19日木曜日

money cannot be eaten

シッキムのRumtek Gompaの前に掲げてあったポスター

money cannot be eaten
Only after the last tree has fallen
Only after the last river has been poinoned
Only after the last fish has been cut
Only the Will we realize
That money cannot be eaten

SAVE OUR NATURE FOR A BETTER FUTURE  
最後の木が倒れた後で、
最後の川が毒された後で、
最後の魚が捌かれた後で、
ようやく私たちは気付くでしょう
「お金は食べられない」と

より良い未来のために、自然を守ろう

はっとしました。
お金って、そんなもんよね。
自然もだけど、人生も守ろう。お金は愛してくれない。会話もしてくれない。

2012年1月17日火曜日

究極のバイオマス燃料:ヤク糞

ラダック関係の資料を読んでた時に、農村でエコでサステイナブルな生活を目指す試み、というか実際的に電力供給不足を補うのにソーラー発電、ディーゼル節約のためにバイオマス燃料の使用を奨励、みたいな感じの記述があったんですけど、バイオマス燃料?て思いましたが、よく読めばヤクなど家畜の糞のことでした。確かに・・

バイオマス燃料って日本の電力の文脈で使用されると火力発電で化石由来燃料と混焼する木材チップとかヤシ殻のことを指す(火力発電時に発生する二酸化炭素を、木材の成長過程で吸収する二酸化炭素と相殺すると言う理想的理論の元で)のでそのイメージだったんですけど、ヤク糞は確かに生物由来の原料ですね (参考:バイオマス-Wikipedia)

噂では聞いてた、ヤク糞を燃やしてストーブとか料理の燃料にするの、ラダック旅行では暖かい季節だったし農村ホームステイ的なこともしなかったので遭遇しなかったんですけど、思わずシッキムで体験する機会がありました。

シッキムの首都・ガントクから2泊3日で北シッキムトリップへ出かけた時の話(てか、旅行代理店の人には1泊2日と言われていたんですけど・・ま、いいけど)。北シッキム、Lachungの宿併設の、グロッサリーストア兼グロッサリーストアを切り盛りする3姉妹(9歳~16歳)の寝室兼宿のリビング的な(多目的すぎる・・)ところに、ストーブがありました。おもむろに燃料を取り出す宿の人。ん??何??

尋ねたら、


ヤクの糞を乾燥させたものだよ
これかヤク糞燃料!!!!
で、ストーブに投入したら、糞臭さは全くないけど、ワイルドなお香みたいな、独特の匂い。
草っぽい、と言えなくもない感じ。全然嫌な臭いじゃないです。薬草を燻してる匂い?的な。
ちなみに、この時は油も投入して燃焼させてましたけど。
なぜか翌日はフツーに薪使用してましたが(木が豊富にあるシッキムですから!!!薪!ってだけでラダックとは違う・・とかいちいち感慨深いです笑。なぜか無駄にラダック基準な価値観)。薪はやっぱりよく燃えるし火力も強くてストーブの側にいると火照ってしまうんですけど、ヤク糞はじわじわ燃焼する感じで火力も強くなく、物足りなさはあるけど、ちょっとアロマだし(草臭)、それはそれでじんわり温まります。薪を電灯とすると、ろうそくみたいなイメージ。

究極のバイオマス燃料・ヤク糞体験でした。
Lachungの村ではヤクはおらず、Yumthan Valleyの方のもう少し高度が上がったところでヤク放牧してる模様。Yumthan Valleyまでの道でよく見かけました。

燃料供給元
あと、この宿ではヤクの乾燥肉も頂きました。
南ア風に言うと(南アに住んでたので南アかぶれです)、beef biltong!もっとメジャーな言い方をすると、ビーフ・ジャーキーみたいな。ワイルドなbeef biltong。まあ、想像できますよね笑。何でもワイルドって形容すればいいと思ってる節はあります。てか、南アでもワイルドなビーフみたいなゲーム肉(クドゥとか)を食べてたはずなのでもっと詳細な表現ができるはずですが・・ゲーム肉の味、忘れてしまいました

************************

ちなみに、シッキムは水資源が豊富なので、隣のブータンと同じく水力発電が主電源。というか、水力だけかな? その他電源は山奥にあるシッキムでは輸送とかの問題もあって難しそうだし。Lachungのちょっと下流でも新しいダムが建設中でした。ここも地震で土砂崩れにあったりしたらしいですけど、私が訪れた時は建設が進んでました(またすぐ地滑り起こしそうな怖い斜面の真下で)。シッキムの水力発電も環境的、文化的にいろいろ賛否あるらしいですけど。シッキム滞在中、10分程度の小規模停電はあれど、電力供給は安定してました。すごい!!(すごいんですよ、このすごさ、電気は24時間滞りなく供給されて蛇口ひねればお湯が無尽蔵に出てくる日本で生活してたらなかなかわからないですけど。311で計画停電はあったけど)ただ、数回遭遇したプチ停電の1つが、大晦日の23:54~と言う、すごいタイミングww もはや暗闇でHappy New Year!!!と叫ぶローカル。でした。

2012年1月16日月曜日

究極の仏具・ソーラーマニ車

2011年9月、ラダックにて
ラダックでもシッキムでも車のフロントに置かれていたオートマニ車。
もはや手を触れずとも勝手にエンドレスに回り続けるマニ。
車の電源使ってるのか?とも思いましたが、裏面(フロントガラス側)にソーラーパネルありました。

ソーラーマニ!
自然の力を得て我が徳を積まんとす!

ラダックの中高年なんかがくるくる回してる手持ちマニ車よりも
更に(人力を)省エネ。もともと、マニ車だって1回廻せば108回で1セットのマントラを
読んだのと同じ効果が得られるという(ことになってる)、究極の(人力の)省エネ仏具。
それを、更に、ソーラーの力でエンドレスに自動回転て、ここまで進化しちゃっていいのか、マニ。。
よくわからないけど、絶対時計回り(が正しい)でオートに廻り続けますマニ。

シッキムでも・・ソーラーマニ
*ガントクから西ベンガル・シリグリまで下りてきたところです!

ガネーシャと仲良くしてました。ドライバーは仏教徒。

ちなみに、シッキムは水が豊富なので、水車ならぬ、マニ水車も発見しました。
ちょっとした流れの上にマニ堂を立て、流れる水の力を利用して廻るマニ。。
これも全く人力必要ないし、エンドレスリピートだな。てか大がかりだな・・
すごく知恵と労力を注がれているような、新型マニ開発。
で、ソーラーマニ、買っちゃいました。
Rs180。お土産屋さんなどで、どこでも売ってます。

こんな箱に入ってる

ゴージャスwww
廻る~

日当たりのいい窓辺に置いてもいいと思います。
気付かぬうちに、お経を沢山読んだのと同じ効果が得られるなんて素敵ですね。
チベット文化圏の人たちのマニに掛ける情熱を感じられます。
今後マニがどのような進化を遂げるのか楽しみ

Rumtekゴンパの周りにあるマニ車列。参拝者がぐるぐるぐるぐる廻していく。。
奥に見えるはガントク市内

2012年1月11日水曜日

シッキム年末年始旅の服装:ぶっちゃけそんな寒くない

ここ1年、寒いところへの旅に目覚めてしまった私。
この年末年始も最後までラダックかシッキムかで迷ったけど、
冬のラダック行は、まだ覚悟ができていない・・とシッキムにした経緯あり。
でも、標高もちょっとはあるし(ガントクで1,700mくらい)ヒマラヤだし、高いところも行きたいし、
寒かろう、と思って、

‐40度までいける、SORELのブーツで乗り込んだ私・・

行きの羽田から既におかしいことには気づいてた。
東京より暖かいデリーでも、おかしいと思ってた。
さらに暖かそうな西ベンガル州バグドグラに着いた時は、もう無理と思った。
凍傷より水虫が心配です・・

結局、SORELさんが活躍するのは北シッキムトリップにて。
標高も3,000m近くなるLachungに2泊、朝晩は冷える。そしてそこからYumthan Valleyを通って標高4,000mのYume SamongのZero Point(道の終わり)まで川も凍結してたしちょっと雪積もってたから、大活躍♪ 厚いゴム底&ウォータープルーフにかまけて、凍結した川に分け入り氷を割ったり、雪の上を歩いたり、と精一杯SORELでよかった♪機能を発揮。

て感じ。上着も。

ダージリンもガントクも、標高高いから朝晩は冷えるけど、フツーのスニーカーで十分。ビーサンでも気合で乗り切れる位(靴下を履くといい。ローカルは割とビーサン+靴下スタイルなので何ら違和感ない)。服装も、日中はジーパンにロンT2枚くらい+ジャケットで十分。ただ、夜まで行動すると寒いから、薄手のニットやフリースなどは持ち歩いた方がいい。北シッキムLachungでは、発熱するインナー(SORELと同じノリで持ってきたもの・・ヒートテックも頑張ってくれるけど、MIZUNOのがやばい性能いい)にジーパン、TOPは発熱するインナー+薄手ニット、アウトドア用のフリース(ユニクロじゃ全然ダメ)、スキー用のダウン+ニット帽。足元は厚手の靴下+SORELで、寒さ知らずでした。やり過ぎた感もありますが・・

Yumthan Valleyへ向かう途中の完全防備姿
ローカルはこんな(割と)軽装ですけど。。
ちなみに、このジャケットはPhenix、母のお下がりで28年くらいものです。よくもつな~
朝晩は冷えるので、暖房設備のない安宿宿泊予定の方(でなくとも)なら、寝袋持参がおススメ。宿でも布団や毛布はあるけど、寝袋って暖かいし、MY寝袋があると、何となく、落ち着くし・・

ガントク近郊の日中はこんな!5本指ソックスにビーサンは気にしないでください
ローカルはしきりに5本指ソックスいいな、と言っていたので、日本お土産には5本指ソックスがいいかもしれません。
ローカル・キラン君はこんな感じです。ロンT+ポロシャツ

2012年1月10日火曜日

シッキム酒!飲酒大国!

ラダックではこそこそ隠れるように営業していたイメージのワインショップ(酒屋)
入州の際にパスポートにスタンプ押される(しつこい)シッキムでは、割と堂々それも方々。
ローカルもすごくお酒を勧めてくるし、あまりアルコール摂取なイメージがない下インド
及びラダックとは飲酒文化が違う!別の国!!

大瓶しかない(!)ローカルビールHITは入国初日に経験済、
2日目はなぜか女の子にはBreezer飲ましとけ!的な勢いでBreezerひたすら勧められ(で、飲み)、
3日目、北シッキムトリップで宿泊先となったLachungでは
チベット文化圏ではよく名前を聞くチャンを体験できると聞いて訪れた食堂

食堂てか、民家の台所・・
粟を発酵させたものを特製の器にたっぷり盛って、お湯をかけて5分ほど待つ。
そして、ストローで抽出したスープを飲む。
スープは白濁色だし、味もまるでマッコリ。ちょっとワイルドな、マッコリ。



4日目、Yume SamdongとZero Point観光の後またLachungに戻ってくると
宿を切り盛りする同い年のチベット難民の男の子、ソナム・ドルジがお米で作ったローカルな自家製酒を作ってくれるといい、

材料:ヤクバター、ロサル(チベット暦新年)用に作った揚げ菓子たち

発酵させた米
ヤクバターを溶かしてお米を発酵させたもの、お湯を入れて煮詰め、祝菓子投入するソナム・ドルジ
かき混ぜる用の調理道具など
完成!
お粥的感覚で頂く私。香ばしい甘酒!
正しい飲み方

5日目、大晦日はガントクに戻ってHIT&Breezer嵐で踊り、
翌朝、名残惜しいけどシッキムを後に。。

2011年年末年始リシケシ旅行以来スピリチュアル入ってなぜかあまり飲まなかった私が、シッキム入国以来毎日飲酒。何だこの国、ナチュラルに飲んでしまうぞ。 日本も今寒いから、無性に暖かいシッキムのローカル酒が恋しいです・・ちなみに、試すの忘れたけど、シッキム産ワインも売ってました♪ おしゃれなペットボトル入りで販売されてるのを見た。超ポップ。次回はぜひ飲みたい・・

ガントク郊外の景色のいい展望台で昼間からひとりビールを飲んでいた
シャンティーな若者(奥)とドライバー・キラン(手前)

シッキム食!納豆もガリもある

インド4日目、ダージリンからシッキム入州!
Rangboのチェックポイントでパスポートとあらかじめダージリンで取得していたパーミットを提示。パスポートにシッキム入州のスタンプを押され、手続き完了。国か!

1975年まで国だったんだから、こんなもんですね。
ちなみに、国内でパスポートにスタンプ押されるの、タンザニアのザンジバルで経験してるので初めてではなかったですけど(ザンジバルも、元々タンザニア本土とは別の国。かつ、入島したら今でも本当に別の国みたいだったし)

で、シッキム国入国した日の夕食は、ローカルとガントク1の繁華街、西洋的にキレイに整備されたMGMargの居酒屋(まじで居酒屋笑)にて地ビール(大瓶しかない)とおつまみ、トゥクパなど。お通し的に出てきたおつまみ、何ともなしに食べたら・・

納豆!

ドライ納豆的な感じでしたが、この匂いと味は、間違いなく納豆!
まさかこんなヒマラヤの山奥でも納豆的なものを食べているとは・・
私、納豆大好きなんです。地味に感動です。

地ビールとおつまみの納豆

翌日、ガントク近郊のゴンパを観光して、夜はそのままドライバーと高台にあるヒップなバーへ。夜景が見えて超キレイ。水タバコも頂けるし、なんでこんなところでおしゃれナイトしてるんだろうwとは思いましたけど、楽しかったです。

水タバコ、ちょっと標高高い(1,700mくらい)のためか、いまいちだったけど・・

なぜかガントクでおしゃれバー


出てきたお肉と海老(!)盛り合わせについて来たのは、

ガリ!

お寿司についてくる、あのガリです!ジンジャーピクルス、味も見た目も何もかも、ガリにしか見えない!!私はガリが大好きなので、納豆に続いてまさかの嬉しサプライズ!!

ガリのみ追加リクエストしてしまいました・・

納豆もガリも、長く海外出てると無性に食べたくなるもの。だから望郷の念が募るのですが(あと母の作る餃子)、納豆もガリも母の味に似たモモもあるじゃんシッキム。郷愁も湧かんわ。なまじ顔も似てるし絶対ローカルに間違われるし、ここは故郷か?と錯覚するようなところでした笑

シッキム食!モモ~

シッキム旅では食も平地インドと違い、ネパール、チベット色が強くなる。

よく食べたのは、モモ(チベット蒸餃子)。食事としても、軽食としても。
インド3日目、ダージリンで朝食を摂った食堂では、入り口でおっさんらがモモを包んでいて
(モモは皮も手作りで分厚いけど、後は日本の餃子的な感じ)かなり期待値上がる。

最初ネパール語で私に話しかけてきた給仕のお兄さん。
お互い「え?」て瞬間を経て、外国人だとわかると英語のメニューを持ってきてくれたけど
「今、モモしか出せない」

メニュー意味ないじゃん。

「何モモがあるの?」
「ビーフかポーク」
「!」

まさかインドでこのチョイス!!
どっちも、リシケシ、デリー、ジャイプール、ラダックではお目にかかれなかったお肉だよ!
(そもそもリシケシはヨガの聖地で肉食禁止だしww)

ヒンズー教では牛は神様ののりもので神聖な動物
イスラムでは豚は穢れていて忌み嫌われる動物

インドの人口の大多数がヒンズー教徒かムスリムだから、
ビーフ&ポークはこの国では味わえないと思ってたのに・・
そしてベジタリアンも多いから、肉モモなくともべジモモはあるくらいに思ってたのに・・
すごいところへ来てしまったようだ・・

ポークモモを頂きました♪
ラダックのモモより日本の餃子に近い感じ!
にんにくと生姜をふんだんに使って、玉ねぎ、キャベツはしんなり甘く、肉汁ジューシー
やはりポーク餃子もといモモは美味しいわ・・

食堂では蒸したてのモモを出してくれます

日本人的にはお酢と醤油で頂きたいところですが、
ダージリン&シッキム(ラダックでも)は赤いチリ・ソースがかかってきます。
それはそれで美味しいんだけど、やっぱ、お酢と醤油がいいよな・・
とは毎回思ってしまう悲しいSAGA。
ダージリン・シッキムおよびラダックやネパール行く方、持参するといいかもしれません。
食堂ではフォークを出してくれるところもあるけど、何も出てこない場合もありますが、
手で食べるのです(もちろん!)。モモは手で食べやすい。皮が厚いので取りやすい。
私は結構手で食べるのが好きでした。

シッキムいいとこ一度はおいで~緑と水溢れる山国シッキム

4travelに一気にupしてしまいました!
よろしければww




2012年1月3日火曜日

2011年末年始シッキム旅:緑と水溢れる山国

年末年始休暇+αを利用して、
12月24日日本発、1月2日日本着にてダージリン・シッキムへ行ってまいりました。
同じインドのチベット文化圏でありながら、ラダックとはまた違う風情のシッキム。
風景も人も食べ物もより日本に近くて、毎日飲んで飲まされ笑、楽しかった~

シッキムは2011年9月には大地震があったところでもある。
地滑りの跡がたくさんあった。崩壊した建物もあった。
ただ、一番被害がひどかったのが、元々の人口が少ない地域でもあったので
そんな人的被害が大きくはならなかったのだろう。
情報が少なく、最初はパーミッションが降りるか否かわからない状態での見切り発車で出発した今回の旅、結局北シッキムまで行けたよ♪
やっぱ、行って見るもんだね。これからは降雪もありオフシーズンになるんだけど、
日本のGWあたりはお花も咲き乱れてステキなシーズンらしいから、
主要な産業が観光な北シッキムの復興のためにも、みなさまGWの旅行にぜひご一考を♪

入州の際にはパスポートにスタンプ押される(国か!)、インドにあってインドではないような水と緑溢れる山国、シッキム。順次旅行記UPします♪


北シッキムで出会ったかわいい姉妹♪

平地が全くないシッキム。なので棚田ばかり。小麦だけど。。

シッキムの首都・ガントクの街並み。丘を這うように建つビル

2011年12月23日金曜日

今年も年末年始はインド!

今日で無理矢理仕事納めました。
24日から1月2日まで、インドへ行ってきます!
去年もこの時期に行った・・しかも初インド・・
そしてGW、9月と、何回行ってんだって話ですが。全部11連休とか。

私、フツーの会社員ですけど、世間一般には激務で知られる会社ですけど、
社会人3年目ですけど、チームで一番若造ですけど、
周りを気にしない&でも周到な根回しすれば、これくらいできるんだ☆と。
社会なめてるよ。

今回は24日に香港経由デリー着、25日朝にBagdograなるところへ飛んで、ダージリンへ。そこからシッキムへ向かい戻って31日デリー、デリーで不良外人などと年越しパーチ―してーの翌日はデリーのショッピングモールなどで映画鑑賞、DVD購入など。1日深夜デリー発、2日香港経由日本着です。
インド国内線はついさっき購入笑
今回は往復ともにGoAir!
出発日直前でもあまり値上がりしてないのが決め手ww
ちなみに日本‐インド間はキャセイパシフィック=キングフィッシャー。こみこみ122,400円。
これも1か月前に決めたし、年末年始は元々高いから、仕方なし・・
同じ航空会社利用で、9月は79,000円くらいだったのにな・・
年3回もこんだけ払えるのは、今の家賃(寮)が5,000円/月だからです。
社会なめてます。

シッキムは今年の9月に地震でかなりの被害にあったところ。
なのに、義捐金募集とか日本では全然なかった。
311で世界からの暖かい支援が本当にありがたかった。
だから私も、シッキムのためにささやかながら寄付したいと思ってたので
現地に落とす&然るべき機関を見付けて寄付するつもりです。

さーーーーて、今回も雄大な自然とチベット仏教にハマってきます♪

2011年11月22日火曜日

シッキム観光、一部パーミッションが取得可能に

既に1か月前の情報ですが・・
9月にシッキムを襲った地震後、観光客にはsuspendされてた、Chhangu Lake, Nethu La等へのpermissionが、交付されるようになりました。コルカタ・ベースのメディアThe Telegraphの記事です。

Green light to post-quake tourist flow
- jn marg opened, visitors relish nathu-la & chhangu lake
http://www.telegraphindia.com/1111029/jsp/siliguri/story_14680349.jsp

地震後は各地で地滑りなどがあり道路状態が悪く通行できなかったのですが、一応の安全性が確認されたのでpermissionが交付されるようになったと。ただ、未だに状態が悪いところがあり、警察が先導?誘導してると。そして山の天気は変わりやすいので、午後から天気が悪くなり道路状況が悪化して事故に繋がらないよう、早朝出発→午後一で帰路が求められているそう。
そして依然北部Sikkimは観光客には閉ざされているようですが、トライアル的にタイ人団体に許可が下りたとのこと。

シッキムを訪れる観光客は昨年同期比10%だそうです。
シッキム自体のベストシーズン+Diwali(インド祭礼)シーズンなのに、今シーズンはシッキム観光業大変そうです。

1か月前の記事なので、寒くなって積雪とかもっとしているであろう今は、どうなってるんだろう・・でも観光客受け入れを再開したり、徐々に復興はしているようで、ひと安心。

そのうち絶対行くぞーー!

2011年10月4日火曜日

シッキムの地震について

ご存じの通り、9月18日にインド・シッキム州を震源とした地震がありました。
最初こそ日本でも報道がありましたが、その後のフォローが全くないので
個人的にフォローします。
(と言っても、大したことできませんが・・)

シッキムは、西をネパール、東をブータン、北を中国(チベット)
に挟まれた地域。不思議な地政学的位置。
英国植民地だったころの影響でしょうか。きっとそうでしょう。
チベットと国境を接するだけあり、
ラダックと同じくチベット文化圏に属しています。
と、ここ1,2世紀は、シッキム州の住民は、
お隣のネパールからの移民が多くなってますが。

ちなみに、ダライ・ダマ法王もインド亡命時にはシッキム経由でした。

そして、9月にラダックを訪れた時には、
終わりかけとはいえシーズン中なので、
ゴアなどからの出稼ぎ労働者もちらほら。
その中に、シッキムから来たプリンス君もいました。
私のラダック滞在最後の日、プリンス君にもお別れのあいさつ。
曰く「僕もあと数日したら、シッキムに戻るんだ。
シッキムはこれからがシーズンだから」と。

シッキムの地震を知ったのは、9月19日朝、トランジット地の香港に到着した時。
18日の地震発生時には、一応揺れを感じたことになってるデリーにいたのに
私全く気付かず。リキシャに乗ってたのかな?
もちろん、頭に浮かんだのは、シーズン到来に合わせて故郷に帰る
プリンス君のこと。これからが稼ぎ時なのに、大丈夫かな?と。

大丈夫じゃなさそうな様子が、伝わってきてました。

絶対耐震設計なんてなされてないであろう建物の崩壊、
増える死者、土砂崩れによる交通インフラの寸断、などなど。

中国との国境の1つに繋がるNethu Laの道路は開通したらしいですが、
Nethu La、Chhangu Lakeなどの観光地へのtouristへのpermissionは
下りないことになった、と。
(ラダックのILP地域同様、中国国境に近く微妙な地域なので、
シッキム訪問にはpermission必要)
観光業の人たちは、今シーズンの稼ぎがなくなった。

Sikkim bar on Chhangu tourists - Yahoo!

もちろん、観光客の安全性の確保が優先されるのはわかるけど、
まさにシーズン開始を目前にして。。

同地域の復興状況ですが、シン首相がRs10,000Crores(200億円くらい)
の復興支援金的な拠出を表明したそな。
てか、前述の通り、ラダック同様戦略的に重要な地域なので
復興に関しては(特にインフラ関係とか)割と早く進んで
比較的篤いんじゃないかと。
地政学的要衝ですから、ね。。

ちなみに、シッキムのシーズンは10月‐11月、4月‐5月だそうです。
4月‐5月って、GWじゃん>サラリーマンの皆様!

「ラダックとは違って、木がいっぱいある」(プリンス談)シッキム。
木がいっぱいあるチベット文化圏か~素敵だね。
いつか、絶対訪れますから!

プリンス君は、どうしてるのだろうか?
ま、そのうちシッキムで会お!

シッキムから来たプリンス君